2007-07-08 02:02 私の状況(かなり:長文&複雑なので、、長文きらいな人はスルーで、、)
私の状況(かなり:長文&複雑なので、、長文きらいな人はスルーで、、)
最悪の事態を脱し、少し食欲が出てきたので・・・・
私は、家族の病気・介護のために、3回(半年以上の)失業をし、今回の三重の職場が4回目の職場です。今度首になったら大変で(というより、倒産のほうが可能性高いのですが)
ある意味、給料水準が高いだけに、いったん失業するとなかなか次の仕事が見つからず、ハローワークでも一切取り扱っていない業種なので、友人か知人が頼りで。
じっと、半年でも一年でも、数人の知人に声を掛けて待ちながら、父は20年前に他界しているので、母親の介護と両立できそうなところがあれば、2週間待たずに、面接に行くという・・・
金銭的には、最初の4年間に貯めたお金を原資とし、「母親に100万円以上のお金を貸したことはある」が「母親にお金を借りたことが無い」ひとで・・・・・
自分にも他人にも厳しい人なので、いろいろな意味で厳しくなってしまうのかしら・・・・
この話を広島の学会で、栄養学のほうに詳しい50歳代の女の先生にしていたら、「20歳代から家庭の事情で自己形成が出来ず、厳しいわねぇ・・・」と。介護の問題って、中年女性で、経験者か、そこへ行く途中の人で無いと・・・・
広島で偶然会った、大学の同級生、彼女もお兄さんが東京でふらふらしているので、認知症のお父さんを抱え、財産整理も必要らしく、数年前を考えると見る影も無くやつれて・・・・
さて、私は5年前震災でぼろぼろになった実家の売却時(約2000万円の売却、非常なストレスでした)、予想しない事件が色々置き、以前の研究も ちょうど行き詰ったころで、20歳代から潰瘍の影で時々ひっかかっていたのですが、出血性胃潰瘍で入院に。。。。それ故、複雑なことがあると、「胃潰瘍の 古い傷が痛む」のです。
まあ、2年前には友人と食事を食べ、ビールも飲み(奈良の小母さんと二人でビール20本空けるほどまでは無理でしたが・・・・)それなりに体調も戻っていたのですが、それに、両親逝去して「独居生活」は色々心労も多く・・・・
最近は、食欲、2年前の半分です。
*昨年春の事件・・・親戚等巻き込んで、非常に複雑にこじれてしまって。本土で解決つかず、沖縄に出かけたひとつの理由。
*昨年夏から、法律がいきなり変わって、うちの法人の売り上げが2割減に・・・(小泉改悪!!)
昨年12月ーー今年4月にかけて、2Fのスタッフ(実質給与を下げたので)、半数変わりました。昨年冬には一度吐血もしました。(今年は吐血するまではストレスは無く)。理事長も機嫌悪いです。
本日も、2Fに行って、私から、2Fの責任者に直接様子を聞いて・・・・・
普通は、夕方でも夜でも、私が担当者に聞くと普通は「報告」があるのですが、「報告の出来る人」はほとんど別の職場に、、仕方なく、勤務表を見て、責任者の出勤日を見て・・・・・
こういう事情で、リストラをしてもまだ赤字が続く職場ですから、理事長も機嫌が悪く、私も月に一度ぐらいは食事を忘れられたり(徒歩圏内にコンビ ニすら、ろにくない田舎)、嘱託勤務なのに「以前の3倍の法的責任」がかかり、うっかり予定を先延ばしすると、「6月のように理事長の電話が・・・・」
さすがに堪えています・
どうも、2Fの責任者の勤務表を見ていると、先週末は彼女が休みを取る予定で。。私は、基本的に週末だけなので、「責任者の中年女性」以外、2F 全体を把握している人がいない現状で、理事長、私、責任者の中年女性で、責任不存在になってはだめだ・・・・という理事長の意向だったようで。。。
8月の件も、7月中旬までに方向性が決まらないと、「8月の予定、至急決めたいのだが」と、非常に予定にうるさい理事長から私に直接に、電話があります。まぁ・・8月は自分で決断しましたが。
私の職場は、小さい職場ですが、
「理事長。75歳の嘱託の方。わたし(私も大学の研究のため嘱託)の3人で職場の予期できぬことに法的な責任を持つ」、
と、三重県に届けて許可を受けているという特殊な職場なんです。それに、別の法的責任を2Fの責任者である中年女性が背負って・・・毎年9月に、三重県の検査もあります。
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こういう事情があるから、「百合」「アニソン」で現実一時逃避です。
ただし、「現実」は忘れていません。
先日のTVでもありましたが、「若いうちは、よそ道をのぞくのもいい、しかし、必要なら定位置に戻ってくること」
私も、食欲が戻ってきたら、「現実」に徐々に近づくつもりです。主治医には、月に1回か2回、食欲その他、必ず現状報告していますから。。。。
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以下は、特殊な方のみ・・・・
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一般の方はスルーしてください・・国際迷走です・・・・・
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以前、こんなことがありました。
90年ごろの北海道の話ですが、Bさんと同じ、H国の夫婦が来ると、夕方電話で受けたものの、民宿の女将さんも「日本語が乏しい、たいへんだ。ど うしよう、どうしよう。と・・・」と。私が、旭川市内に一日5本のバスで下りる日に、この夫婦はPM3に来ました。大雪山といって、有名な観光地ですが、 東側とは違い西側の峰は当時ではまず英語の通じない地域でした。
まぁ、北海道の「日英併記マップ」を見てこの若い夫婦来たのでしょうが、当時はWebも携帯電話も無く、PM3頃来ました。私より3-5歳年長の感じです。とりあえず、部屋に荷物は置いたものの、食事の時間や、風呂のスタイルなんて、日本語での説明しかないから・・・・
ちょうど、この夫婦が出てこようとしているころに、私がスキー板の除雪などを・・・
「この民宿は原則PM6にsupperがあること」「民宿のBathroomは小さいので、一人ずつしか無理なこと」「ロープウェーは、PM4: 30に止まるので、今日は乗るのやめて、ロープウェー山下駅近くのsouvenir shopで買い物の見学と、あすの出発時刻を見ておいたほうがいいこと」「山下駅には、徒歩15分ぐらいで行く事出来ること」など英語で・・・・・
「「日本の決まりごと」」を説明しました・・・・「Thank you for your information」といって、私の職業なんかも聞かれました。夫婦のご主人の方が「私はBASFの社員だ」といって名刺までもらいました。
「BASF:German company」と言われても、ネットも無い時代、ハイテク関連の企業であることの調べがついたのはかなり後のことです。
これが私の人生最初のH国の人との出会いです。「「日本には、日本の決まりごと」」がある。。。当然といった感じで。
私が、旭川市内に向かう最終バスに乗るちょっと手前、「See you later」といいながら、この夫婦と別れたのは、今でも覚えています。
それから、就職して、たまたまH国に3年間駐在した(95年ごろ)経験のある人(私より2歳年上)と知り合いました。日本企業からの駐在ですが、 英語が不十分で、「エツ語」が小学3年程度、といっていたので、現地社員との接触のほうが多かったみたいです。H国は「早口でせっかち」だとは言っていま したが、とりわけprivacyの問題や、金銭的に非常に感覚が違うので、注意しないといけない国民とは聞いていませんでした。
北海道の夫婦にしても、私のoccupationも簡単に聞いてきたし、相手も会社の名刺を渡すぐらいだから、「欧米的な感覚」と思っていました。
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話題変わって、「ひなみざわ村」は本当に混乱・・・・・(だから、日記で、色々UP出来ないのです)
大体、DriverのBさんが、
「民宿の名前の読み方を忘れる」
「Webのコピーを自宅に忘れる」
「食事つき、とあるのに食事の時間も確認していない(確認していて、遅れそうなら電話連絡で事前に30分程度の延長は可能)」
「途中で2回民宿から督促の電話があり、やっと、聖地撮影を終えて向かったら道を迷う」
「最後に、日本語の一番上手な私に、民宿の名前の読み方を忘れたから、聞いてくれという・・・」
無茶苦茶な話です。
私は、日本育ちだということが隠せないので、「必死でわれわれの立場の保護」に回りました。
もっとも、すべてが外国人(主に欧米人、台湾人)グループでも、「こういう種類のproblem」は通常起こさないからです。。私以外のグループ二人が「日本に住んでいる」ことは、民宿のおばさんは見抜いていました。
日本人の聖地巡礼者なら、日本語できつく叱られた事でしょう。しかしそれは通じません。
ふつう、電話を取った「おばさん=姐さん」が対応するのですが、こういう場合、日本育ち(かつ年齢が、はるかに上)の私がいると、「私から事情を 説明せよ」とお達しがかかるが、それは無理なので、彼らの日本での立場を言わず(言ったら姐さんも激怒)に、「民宿とホテルの違いを説明してやってもらえ ませんか・・・・」と。
「おばさん=姐さん」では済まず、「黒髪のおりょう」が出てきました。70歳近い、この家のことをすべて決定する人です。孫が女子中学生でもなんらおかしくない年齢の人で・・・・
さまざまな対応が早かったのと、「黒髪のおりょう」も、10分少々我々の目線を見て納得したのか、(遅れた理由は、先に「姐さん」に、事実とは違 うのですが、南にいっていると思ったら北側に道を間違えたり、と、迷走していたと、到着して10分以内に、日本語で言い訳しておきましたから・・・・)
Bさんたちは時間外にコンビニに、私ともう一人は、特別延長で、入浴に。
しかしそれでも、宿泊客の60歳ぐらいの中年夫婦に、我々睨み付けられていましたから・・・・
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もちろん、翌日、名古屋で、この事実をBさんに言いました。
Bさんが、Driverで計画を決めているからです・・・・
しかし、自分がどんな問題を起こしたか、理解不能だがI am sorryとは言っておくと・・・
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当然、5月のGWごろに「私とBさんとの3つの約束」が怖くなってきました。
5月以前のBさんは、「聞いていた予定」と実家帰国日程もほぼ一致し、とりわけ、通常のBさんだったからで・・・・
もし、「6月の様子」なら、「私とBさんで約束」なんて出来ません。明らかに様子が変だからです。
私だって、22歳、23歳ごろに豪州に出かけていますが、豪州だって
「まず、先に到着時に電話で依頼」
「その次に、直前3日ぐらいになって、シドニーからQLDに確認の電話」これが基本で。
豪州は、ある意味平気で放置するので、宿泊の日程によっては、「夕食なし」で・・・
あそこは、スーパーまで徒歩20分以上ありましたが、夕食なしではすまないので「とにかく食材」を。
QLDの田舎だったので、当時コンビニもfirst foodも無く、
「「平気で放置する==豪州の決まりごと」」と理解を・・・
ただ、5月の「私とBさんとの3つの約束」があって、それが特殊な事情で約束が果たせなくなるのなら、
例えば、「私とBさんとの3つの約束」を断るために
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【*1】「「本国で両親と9月以降のことで、複雑な相談があるので、8月以降でないと日本に戻れない」」などと・・・・
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Bさんは、9月には本国に戻るという前提があり、また、Bさんは、あの件の仲介者(H国の女性とRikoとの仲介者)である事実は変わりないので、「言い訳のメール」は必要です・・・・
それを含めて”無責任すぎる”と英文メールを送ったところ、「”無責任すぎる”というメールには失望した」と・・・・
ある友人に相談し、「英文メールを送って、断りや3つの約束延期のメールが無いのなら、Bさんが仲介者の立場を放棄しているのだから、条件をつけるのは当然のこと」と・・・・・・
私は、「日本の文化の地雷」(決まりごと)は知っています。豪州の「文化の地雷」も経験しています。
USAの「文化の地雷」にあたれば、NYの伯母に怒られます。
しかし、「H国の文化の地雷」は行ったことが無いので知りません。それに、職場の日本人から以前聞いた「H国の人」の様子や、北海道に来た、私と同年代の「H国の人」とあまりにも考え方が違うので・・・・
同様に、H国の女性にしても、観光旅行で日本を2-3回日本に来ただけど「日本の文化の地雷」はわかりません・・・・
とりわけ、変な行動が無い、5月以前のBさんとの、「私とBさんとの3つの約束」なら、私も守ります。
しかし、6月以降、何か異変が起こったようで、簡単な約束なら「数ヶ月放置して、様子を見る」ことも可能ですが、「8月に契約が発生する」ので、過剰な条件をつけるしかありません。
両者(Riko&H国の女性)直接会ったことないーーー「H国の文化の地雷」を知らないRikoと、「日本の文化の地雷」がわからないH国の女性とは、両国を知るアドバイザーなしには、怖くて約束できません。
また、6月以降、Bさんに何か異変が起こったようで、「言い訳の英文メール」が無くては、いつまでBさんに異変が続くのかさっぱりわからないので、H国の女性にメールの返事も、どう書いたらいいのか・・・・・
「言い訳のメールor電話」は日本でも、豪州でも、台湾でも、USAでも、カナダでも、私の体験上必要なものと考えています・・・・・・(すべて自分が出かけた国です)
したがって、「私とBさんとの3つの約束」の当事者ではなく、「言い訳のメール」すら、私に届いていない状況で、これ以上6月以降に起こった、Bさんの異変に関して、推測に推測を重ねて、返事のメールを書くと、H国の女性とRikoが疑心暗鬼に陥るだけなのです。。。。
それ故、H国の女性からのメールの返事をどう書くべきか、お互いの誤解の溝が深すぎるので、「凍結状態」です・・・
私も、台湾や、カナダや、豪州に物を送ったり、友人感覚で友人、知人宅に宿泊したりしていますが、こんなに国際間の連絡で、もつれたことは初めてなので、戸惑っています・・・


